櫻井 大三
比較法雑誌 47(1) 119-144 2013年 査読有り
国際法における禁反言概念の把握をめぐっては、学説上「狭義の禁反言」と「広義の禁反言」という二つの立場が対立しているところ、これに付随するいまひとつの重要な論点として、禁反言を黙認との関係においてどのように捉えることができるのかという問題が伏在している。本稿では、「承認ないし黙認の禁反言効果説」という学説上の主張を手がかりとして、且つ、この立場が拠って立つ若干の国際裁判例をめぐる判例解釈の検討を通じて、しばしば識別困難といわれることのある禁反言と黙認との関係を読み解くための示唆を獲得することが試みられる。 黙認が沈黙や不作為といった消極的行動から生じるものである以上、これを「明確で曖昧さのない表示」という「狭義の禁反言」の枠組みで捉える手法には疑問の余地が残る。それは結局のところ、両概念の境界を相対化させるものであり、国際司法裁判所の先例が忌避してきた「広義の禁反言」を容認する態度につながりかねない点で問題が少なくない。それゆえ、上記学説の下で描かれる禁反言と黙認は、交錯ではなく混同の幣を被るおそれのあることが批判的に考察されるのである。